大分県、豊予海峡ルート推進ヨットレース大会 1999年10月10日 レポート《さらく》
港の中央は水深15メートル、岸壁付近で5メートル。
国体出場者も含む大学ヨット部出身者をクルーに起用、というかってない陣容でレースにのぞんだ「さらく」。
ブローを待つグラインダーN(福岡市より参加)と、他艇の動きを監視するタクティシャンY子。
30分後にやって来る凪地獄も知らぬげに。
10月10日9時40分三崎港スタート 43隻参加
最初は1から2メートルの風があったが、その後無風となった。
我がさらくは13時半、佐多岬から出ることもできずにリタイア。
コースは半分くらいに短縮されたが、それでもゴールできた艇は十隻くらいだったらしい。
 さらくは前日、大分市細を出航。7から8メートルの風だったが速吸瀬戸で大潮の南流が引き起こす2〜3メートルの波に遭遇。周期が短い局地的な波でバウを突っ込み水をかぶった。瀬戸の中央付近にある高島の周辺にはこうした波の悪い個所がある。
三崎港ではレースのために停泊場所があけてありヤリづけでとめた。ひさしぶりでヤリづけしたら斜めになってしまった。
みっともないが、やりなおすのも大変なのでそのままにしていたら、あとから来たヨットもこちらにあわせて斜めにとめてくれた。
 レースは豊予海峡に橋をかけようという大分、愛媛両県のキャンペーンとして行われている
「しかし、橋がいつできるのか、だれにもわかりましぇん。」