2000年9月5日〜 
 航海記(1)・大分〜長崎 ヨット・さらく ヤマハ30CU
9月5日
細の泊地午前6時、1年間お世話になった大分市細ポンツーン出港。
湯布岳、佐田岬、それに宇和島の山々まで見えるほどの快晴。西よりの弱い風なので機走する。
4日は長崎から昼頃着き、新しいオートパイロットやトイレの取り付けに19時ごろまでかかった。
そのあと細ヨットクラブの人達が送別会を開いてくれ、釣れたての関アジや持ち寄った鍋を囲んで楽しいひとときを過ごした。
ここに置かせてもらったおかげで豊予海峡のいろんな面をしることができた。
豊予海峡水の子島豊予海峡を南下していくと水の子島が見えてきた。
風も北よりになり10ノット以上吹いてきたのでオートパイロットのテストも兼ねて寄り道した。
海峡の真中にあるこの島は数十メートル四方の小さな島だが、高い灯台がそびえたっている。
仕事で上陸し最上部まであがったことがあるが、もう一生、そんなことはできないだろう。

豊予海峡速吸瀬戸島を回って佐伯湾に針路をとる。
14ノットくらい吹いてきたがオートパイロットは正常に作動。
佐伯湾の日の出16時、佐伯市風無港入港。
佐伯史談会の宮下さんが迎えてくれた。
お宅におじゃましてウイリアム・アダムスのことなどを話す。
アダムスが乗ったリーフデ号は臼杵市に漂着したというのが定説のようになっているが、実はどこにも確定的な根拠はない。推測にすぎないのだ。佐伯史談会の人たちは、アダムスの書簡などの内容から佐伯に着いたのではなかったかと主張する。いずれにしても漂着という言葉を使うのはおかしい。
リーフデ号は日本をめざして航海してきたのだし、豊後に着いたあと、堺から江戸まで航海できるほどの航行能力を残していたのだから。
当時の船乗りたちの能力を低く見ているから漂着などという言葉を使うのだろう。

地元のヨットマン、西山さんが食料などの買出しに車を出してくれた。
準備不足の私に宮崎、鹿児島の情報も教えてくれ大変に助かった。
自衛隊潜水艦9月6日
午前6時出航。
西よりのいい風が吹いているので帆をあげると5分くらいで風が落ちてしまった。
佐伯湾の出口で後ろから変なものが追いかけて来るのに気がついた。
白い煙を両側に吐き出しながら走ってくる。
双胴船かと思って見ていると潜水艦だった。
佐伯港は海軍の基地だったので、今でも自衛隊の基地、ではなく駐屯地?がある。
写真を撮ろうとコースをよせた。
葉巻のような船体が水を押しのけながら走ってくる姿は迫力がある。
艦橋に小さな軍艦旗が掲げてあるが、追い風のせいかはためかない。
乗組員の一人が手で端を持って広げていた。
こちらが写真を撮ろうとしているのでサービスのつもりだろうか。
最近の自衛隊はなかなか芸が細かいのだ。
百メートルくらい離れて追い抜いていったが
引き波の大きさが半端ではなかった。

風は北から北東に変わったが弱いので機帆走で南下。
蒲江町の沖合いあたりから海の色が変わってきた。
灰色や緑色が抜けて青が強くなった。
西山さんにハガツオが釣れるかもしれないと言われて流していたルアーにシイラがかかった。
釣れたての刺身は美味いぞと思いながらあげていたら寸前で逃げられた。

14時過ぎ、宮崎県島野浦島に着いた。
島の西側は養殖筏だらけで、漁港も船の出入りが多くどこに泊めたらいいのかわからず、延縄船の乗組員に聞くと南側にもうひとつ港があるという。
行ってみるとがら空き状態なのでそこに泊めた。
いわゆる新港というやつだろう。
どこにでもこの手の港はあり、すいてはいるが、近くに店もなければ電話もないという所が多い。
そして、堤防もしっかりしているように見えるが、台風が来ると漁船はみなどこかへ避難しなければならない。
金をかけている割には役に立たない。

港の中で素潜りした。
チョウチョウウオの仲間やクマノミ、それにテーブル珊瑚が見えた。
港の中でこれだから、島のまわりは相当にきれいだろう。

9月7日
5時出港。
今日は宮崎港まで50マイル。12時間を覚悟。
港を出るとまき網船が操業していた。
西からのいい風があるのでセールアップ。
8〜10ノット吹いており上り気味で快調に走る。
枇榔島沖に針路をとったが、途中2ヶ所に定置網。
日の出前で少し明るくなっていたので見つけられたが、暗かったら相当見つけにくかっただろう。

日向市をすぎるとただ真っ直ぐな海岸線が続く。
単調な航海を予想していたが、やはりそうだった。
沖合4〜5マイルを走っていると風も落ちてきてほとんど機走状態。
回転をあげても4、3ノットしか出ないので潮流のせいかと思い2マイルくらいまで近づけてみたら5ノット以上出るようになった。
風は北から東に回り、シーガイアが見えるころにはアビームで走れるようになった。
5日の出航以来初めてエンジンを止めて帆走できた。
やっぱり静かで快適。
宮崎港マリーナには予定より早く15時過ぎに到着。

宮崎港マリーナは入り方がむつかしいと聞いてきたが、入り口さえわかりづらかった。
要するに宮崎港の外、北側にありテトラポットの間からほんの少し出ている白い小さな灯台だけが目印だった。
入り口は波が立ちやすいので北東や東の波が高い時には相当なスリルを味わうことになるだろう。
しかし、入ってしまえば波が入らない広い泊地で横付けできるポンツーンも完備。
去年5月にオープンしたばかりだそうだ。
インターネットで知った地元の福元さんや西山さんの友人、磯貝さんが迎えてくれた。
磯貝さんには風呂や焼肉屋に案内してもらった。
また、鹿児島や熊本のくわしい情報もいただき大変に助かった。
宮崎港マリーナ9月8日
台風接近のため、今日と明日は
ここに避難ということになりそうだ。
午後から風雨が強まっている。

午前中、ヨットのようすを見に来た人に頼んで車に乗せてもらい燃料などを買いに行ったほかは船内で整備などして過ごす。